日本の避難所

海外と比べると日本の避難所は基準を満たしていないそうです。
カーテンで仕切るとか段ボールのベッドなど、災害が多い日本はすすんでいる方がと思っていました。
海外では家族ごとの大きいテントをはるし、女性用が3、男性が1の割合のトイレがあります。
子供のストレスをなくすような遊び場も設ける。
日本では海外と比べると広い土地がないから真似しようにもできないことはたくさんありますね。
だからそんな日本でしかできないような避難所対策は早急にすすめるべきだと思います。
今は西日本の災害が一番被害を大きく、起きたばかりの災害として取り上げられています。
でも数か月前におきた災害でもまだ立ち直れていないところもあるとのことですからね。

自分がされたら嫌なこと

自分がされたら嫌なことは人にはしたくないし、優しい人間でいたいとは思う。
でも100%正しくていい人なんてならないでしょうね。
八つ当たりのつもりはなくても、少ししたらあのときの態度はこちらが悪かったということだってあります。
さっき、そういうことがあって内心では反省しています。
あちらの態度も少々荒かったので私だってつられたんだという言い訳もありますけどね。
暑さは人をイラつかせるし必要以上に体力消耗させますしね。
反省しても時すでに遅し。
私たちの関係性だけではなく外的要因もありました。
うまく生きていきたいけど一番難しいことかもしれません。
これを教訓に今後は気を付けたいとは思うけれど、こうやってあとになってからグダグダ考えるのがパターン化しているかな。

医師の私が昔なりたかった職業

保育園に通っていた時、医師の私はお花屋さんになるのが夢でした。
多分誰かが言っていたのを真似しただけだと思いますが…。
今でこそ老健の医師の求人探しに奔走してますが。

幼い私は具体的な目標を決めようと大人になるまでに1億円を貯めることを決意したのです。
それからお小遣いを貰うとすぐに貯金箱に入れるようになったのです。
でも幼い私はやはり誘惑には勝てず…
貯めたお金をお菓子に使ってしまいました。
そんなことばかりしていたのでお金なんて貯まるはずありませんでしたよ。
いつの間にかお花屋さんになる夢も忘れていった私…
幼い頃の夢なんてそんなものですよね。

それから色んなことを経験して医師になることにした私です。
幼い頃は自分が医師になるなんて夢にも思いませんでしたよ。

私がなぜ医師になろうと思ったのか。
実はそんなに深い理由はありません。
私の周りには持病を持った人達がたくさんいました。
親や友達、親戚の叔母さん…持病といっても軽い症状でしたけど。
それを見ていたり聞いたりしていたから、興味が出てきて勉強したいって思ったのです。

あの頃は勉強ばかりしていました。
もちろん医師になった今も勉強は欠かさずしていますが…
夢を叶えるって大変です。
でも実は夢は叶えた後の方が大変なのかもしれませんね。